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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)999号 判決 1984年3月15日

第一事件原告、第二事件被告

菱中五生

ほか二名

第一事件被告、第二事件原告

脇田栄造こと朴陽来

第一事件被告

脇田初栄

ほか一名

主文

第一事件について

1  被告朴陽来は、原告菱中五生に対し、金四六四万四、一三八円およびこれに対する昭和五八年二月二三日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告菱中宇作に対し、金一五五万八、五四〇円およびこれに対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告菱中玉枝に対し、金三〇六万二、〇五三円およびこれに対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らの被告朴陽来に対するその余の請求、被告大鳥商事株式会社、同脇田初枝に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用中、原告らと被告朴陽来との間に生じたものはこれを四分し、その一を原告らの負担とし、その三を被告朴陽来の負担とし、原告らと被告大鳥商事株式会社、同脇田初枝との間に生じたものは原告らの負担とする。

4  この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

第二事件について

1  原告朴陽来の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告朴陽来の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  第一事件請求の趣旨

被告らは各自、原告菱中五生に対し、金六八八万九、一〇九円およびこれに対する昭和五八年二月二三日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告菱中宇作に対し、金二九七万一、一一三円およびこれに対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告菱中玉枝に対し、金四一七万〇、九九五円およびこれに対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二  第一事件請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

三  第二事件請求の趣旨

原告は被告らに対し、別紙交通事故に基づく損害賠償義務のないことを確認する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

四  第二事件請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  第一事件原告ら

(一)  事故の発生

別紙交通事故記載の事故が発生した。

(二)  責任原因

1 運行供用者責任(自賠法三条)

第一事件被告大鳥商事株式会社(以下、被告会社という)は、加害車を所有しており、第一事件被告脇田初枝(以下、被告初枝という)は、加害車を保有しており、いずれも自己のために運行の用に供していた。

2 一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告朴は、本件交差点を通過するに際し、同交差点は信号機が設置されているのであるから、信号機の表示する信号に従うのはもとより、前方左右を注視して進行しなければならない注意義務があるのに、これを怠り、信号を無視し、前方左側に対する注視をしなかつた過失により、本件事改を起こし、原告らに後記の損害を発生させた。

(三)  損害

1 原告五生の受傷、治療経過等

(1) 受傷

頸部捻挫、両膝背部打撲傷、両下腿打撲

(2) 治療経過

通院

昭和五七年五月八日から昭和五八年一月一三日まで(実治療日数育生会奥村病院へ一七八日)

2 原告宇作の受傷、治療経過等

(1) 受傷

頸部捻挫、左肩打撲傷、頭部打撲傷、両下腿打撲

(2) 治療経過

通院

昭和五七年五月八日から昭和五八年一月一三日まで(実治療日数育生会奥村病院へ一二三日、杉原鍼灸接骨院へ四九日)

3 原告玉枝の受傷、治療経過等

(1) 受傷

頭部打撲、頸部捻挫、両前腕、両膝下腿打撲、胸部打撲

(2) 治療経過

通院

昭和五七年五月八日から昭和五八年一月一三日まで(実治療日数育生会奥村病院へ一二六日、杉原鍼灸接骨院へ四九日)

4 原告らの後遺症

原告らは、本件事故による傷害のため、いずれも局部に神経症状を残して昭和五八年一月一三日ころ症状固定した。

5 原告らの治療関係費

(1) 治療費

(イ) 原告五生分 三一八万六、二四〇円

(ロ) 原告宇作分 一六六万九、三二〇円

(ハ) 原告玉枝分 二二九万六、七一〇円

(2) 通院交通費

(イ) 原告五生分 八万五、九二〇円

(ロ) 原告宇作分 九万九、二二〇円

(ハ) 原告玉枝分 一〇万〇、六六〇円

但し、奥村病院への通院交通費は往復一日四八〇円、杉原鍼灸接骨院への通院交通費は同じく八二〇円である。

6 原告らの逸失利益

(1) 休業損害

原告五生は事故当時四〇歳、原告宇作は事故当時七九歳、原告玉枝は事故当時六一歳で、原告五生と同宇作は共同で繊維原料回収業を経営し、同玉枝は主婦として一か月平均原告五生につき三二万一、五二五円、原告宇作につき一〇万二、二九四円の収入、原告玉枝につき同年代平均賃金以上の収入をそれぞれ得ていたが、本件事故により、三名とも昭和五七年五月八日から症状が固定するころまで休業を余儀なくされ、その間原告五生につき二五七万二、二〇〇円、同宇作につき八一万八、三五二円、同玉枝につき一二六万円の各収入を失なつた。

(2) 将来の逸失利益

原告らは前記後遺障害のため、その労働能力をいずれも五%喪失したものであるところ、原告らの労働能力喪失期間は、原告五生につき四年間、同宇作につき二年間、同玉枝につき三年間と考えられるから、原告らの将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、原告五生につき六八万七、五四九円、同宇作につき一一万四、二二一円、同玉枝につき二五万八、六二五円の各収入を失なうこととなる。

7 慰藉料

(イ) 原告五生につき 一八九万五、〇〇〇円

(ロ) 原告宇作につき 一四六万円

(ハ) 原告玉枝につき 一八七万五、〇〇〇円

(四)  損害の填補

原告らは次のとおり支払を受けた。

1 自賠責保険金後遺障害保険金として原告五生に対し七五万円、同宇作に対し六二万円、同玉枝に対し七五万円。

2 被告朴から原告五生に対し一四七万円、同宇作に対し七七万円、同玉枝に対し七七万円。

(五)  物的損害

原告五生は、本件事故のため、その所有する被害車に損傷を受け、右損傷を修理したが、その修理のため八万二、二〇〇円を要した。

(六)  弁護士費用

1 原告五生につき 六〇万円

2 原告宇作につき 二〇万円

3 原告玉枝につき 三〇万円

(七)  よつて第一事件請求の趣旨記載のとおりの判決(訴状送達の翌日である昭和五八年二月二三日以降請求する遅延損害金は民法所定の割合による。)を求める。

二  第一事件原告らの主張に対する被告らの答弁

(一)  被告朴、同初枝の答弁

(一)の事実は認める。

(二)及び(三)の各事実はいずれも否認する。

(四)は認めるが(五)及び(六)の事実は否認する。

(二)  被告会社の答弁

(二)の事実中1の事実は否認し、その余の第一事件原告ら主張事実はいずれも知らない。なお、被告会社は、昭和五五年一一月一八日加害車を被告朴に代金四三万円で売却し、その支払いも受けたが、右代金の支払いのため、被告朴が、その代金の一部を消費者ローンより借り入れたことから、右消費者ローン会社の債権担保のために、所有権を留保していたにすぎない。

三  被告らの主張

(一)  本件事故と原告らの傷害との因果関係の不存在

1 被告朴は、別紙交通事故を起こした。

2 しかしながら、被害車及び加害車の事故による破損は、いずれも軽微なものであるから、被害車に加わつた衝撃も少ないものと考えられるうえ、事故態様によるも原告らに頸部捻挫の傷害を負わせるものではない。また、原告らの症状も、主訴に基づく自覚症状のみであつて、他覚所見がみられないうえ、原告らの主訴自体一定性がなく、かつ、原告らは医師の指示に従わず注射及びマツサージ療法を拒否し、脳波検査などをも拒否している点を考慮すれば、原告らの主張は、いずれも虚偽のものというべく、そうすると、原告らには、本件事故によつては、何ら傷害を負わなかつたものというべきである。

(二)  過失相殺

仮りに前記の主張が認められないとしても、本件事故の発生については原告五生にも、被害車を運転して、本件交差点を通過するに際して、前方不注視、徐行義務違反の過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。

(三)  よつて、被告朴は第二事件請求の趣旨記載のとおりの判決を求めるとともに、被告らは原告らの第一事件の請求棄却の判決を求める。

四  被告らの主張に対する原告らの答弁

(一)の事実中1の事実は認めるが、2の事実は否認する。

(二)の事実はいずれも否認する。

第三証拠

記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり。

理由

第一事故の発生

別紙交通事故が発生したことは、原告らと被告朴及び被告初枝との間に争いがなく、成立に争いのない甲第一〇、第一一号証、原告五生(第一回)及び被告朴各本人尋問の結果によれば、別紙交通事故が発生したことが認められる。

第二責任原因

一  運行供用者責任

(一)  被告会社の責任

成立に争いのない丙第一、第二、証人西尾明の証言により真正に成立したものと認められる丙第三号証の一ないし三、証人西尾明の証言、被告朴本人尋問の結果によれば、被告会社は、自動車の販売、輸入などを業とする株式会社であるが、昭和五五年一一月一八日ごろ、被告朴に対し加害車を代金四三万円(但し、右代金のうち車体販売価額は三三万円、登録諸費用として一〇万円。)で売却する契約を締結し、右契約にもとづき被告朴は右代金のうち一〇万円を同月二一日までに現金で、内金三三万円はローン会社より借入れた金員で、被告会社に対する支払いを終え、被告会社は遅くとも同年一二月二日までには加害車の被告朴への引渡しを完了したこと、しかしながら、被告朴に三三万円を融資したローン会社の依頼、すなわち、融資を受けた被告朴がローン会社への返済をしない場合には直ちに被告会社の書類のみで加害車の所有名義をローン会社へ移転することができるように、加害車の所有権を被告会社に留保しておく旨依頼され、被告会社はこれに応じて加害車の所有権を留保しておくこととしたこと、被告朴は、ローン会社への返済を遅くとも本件事故後である昭和五七年一二月には終えたが、いつでも加害車の所有名義を自己に移転させ得る状態にあるため、その名義を被告会社名義のまま放置しておいたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、被告会社は、昭和五五年一一月一八日ころに、被告朴に加害車を売却し、被告朴は被告会社に対してはその代金につき、自己資金及びローン会社よりの借入れにより、すでに完済すみであつたというのであつて、加害車の所有名義を被告会社名義にしておいた理由は、ローン会社の依頼により、ローン会社の被告朴に対する債権担保のために必要な措置として被告会社にその名義を残していたというのであるから、被告会社は加害車よりの運行利益を得ていたものとは、いいえない。

そうすると、被告会社には自賠法三条に基づく責任はないものというべく、原告らの被告会社に対する請求は、その余の点を判断するまでもなく、棄却を免れない。

(二)  被告初枝の責任

前掲丙第二号証、第三号証の一、証人西尾明の証言、被告朴本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、昭和五五年一一月一八日ごろ被告会社より加害車を購入したのは、被告初枝ではなく、被告朴であり、被告朴は自己の使用に供するために加害車を買入れたのに、被告朴自身は摂津市への印鑑登録手続をしていなかつたことから陸運事務所への加害車の使用者登録を娘の被告初枝名義としたものであること、従つて、加害車にかかる自動車税などは被告初枝名義で納付されていたものの、加害車を現に運転するのはいわゆるペーパードライバーである被告初枝ではなく、被告朴であつて、被告初枝は加害車を運転したことが、これまでに一度もなかつたこと、右自動車税などは、その金員を、被告初枝ではなく、被告朴が自己の所持金で支払い、かつ、自賠責保険契約者は被告朴自身が契約締結者となつているのであつて、保険の掛金も被告朴が自己の所持金で支払つていたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、加害車の実質的な所有者は被告朴であり、自動車税、自賠責保険の掛金など加害車に要する維持、管理費は、名義はともかく、その実質上の負担者が被告朴であつたことが認められるうえ、加害車の実際上の運行者は被告朴のみであつて、被告初枝は加害車を運転したことがないというのであるから、当時、印鑑登録手続をしていなかつた被告朴が、便宜のため、陸運事務所への加害車の使用者登録を娘である被告初枝名義としていたという事実のみで被告初枝に運行支配があつたものということはできない。

そうすると、被告初枝には自賠法三条に基づく責任はないものというべく、原告らの被告初枝に対する請求は、その余の点を判断するまでもなく、棄却を免れない。

二  一般不法行為責任

(一)  成立に争いのない甲第一〇、第一一号証、原告五生(第一回)被告朴各本人尋問の結果(但し、原告五生及び被告朴の右供述中後記措信しない部分を除く。)を総合すれば、次の事実が認められる。

1 本件交差点は、信号機の設置された交差点であつて、別紙図面の如く、東西道路の幅員が約八〇メートルと広く、南北道路の幅員は車道部分で約一一・三メートルと比較的狭いため、東西道路の信号をみると、本線部分では信号機の表示が赤または黄色のみを呈し、直進車及び右折車はそれぞれ青色の矢印の表示に従つて進行することとなつており、側道の信号は、青色が六五秒、黄色が三秒、赤色が八二秒間いずれも呈示されるように設置されているのに対し、南北道路の車両用信号機は、青色が四六秒、黄色が三秒、赤色が九四秒間それぞれ呈示される(全周期は一五〇秒、全赤は七秒)ように設置されており、南北道路を黄色の表示で交差点に進入した車は、三秒間黄信号ののち七秒間の全赤を経て、東西道路側道の表示が青色となる。

2 被告朴は、奈良からの帰途、道に迷い、それまで自動車を運転して通行したことのない南北道路を南に向けて進行し、本件交差点手前で先行する六台の自動車について信号待ちのため一時停止し、その後、先行車とともに本件交差点に進入して別紙図面<2>より<3>までの約二五・一メートルを時速約二五キロメートルで進行し、別紙図面<3>に至つて対面信号を確認したところ、信号機は赤色を呈していた。しかしながら、被告朴は、別紙図面<3>からは速度を増し、別紙図面<4>に至り<イ>附近に進行してきた被害車を認めたが、時速約三〇キロメートルのまま進行すれば被害車と衝突することはないものと軽信し、本件交差点を速かに通過することのみに気をうばわれ、減速停止することなく、そのままの速度で約九・三メートル進行した別紙図面<5>の地点で危険を感じたが、ブレーキ操作をすることなく、わずかに右にハンドルを切つたのみで進行したところ、右<5>の地点より約八・一メートル進行した別紙図面<6>の地点で被害車と接触衝突した。なお、南北道路の先行車両は、何ら躊躇することなく速度を増して本件交差点を通過してしまつたために、加害車のみが本件交差点内にとり残される状態であつた。

3 原告五生は、東西道路を東より西に向け進行していたところ、本件交差点手前別紙図面<ア>の地点附近ですでに対面信号が青色を呈していたため、制限速度内である時速約四〇キロメートルの速度で本件交差点を通過しようとしたところ、約二六・二メートル進行した別紙図面<イ>の地点でいまだに本件交差点内<4>にいた加害車を発見したが、赤信号で南北道路を進行している加害車はその場で停止してくれるものと信じ、ややブレーキ操作をしながら約一五・五メートル進行したが、別紙図面<ウ>の地点で危険を感じ、ブレーキ操作をして時速約三〇キロメートルに減速するとともに、ハンドルを左へ切つたが間に合わず、約一〇・五メートル進行した別紙図面<エ>の地点で衝突した。なお、別紙図面<イ>から<4>までの距離は約二三・七メートルであつた。

4 衝突状況をみると、被害車は、加害車左後角フエンダー附近に自車右前角を衝突させ、約二メートル移動した後別紙<オ>の地点で停止したが、衝突後被害車後部で約三〇度右へ移動したため、加害車は左後角フエンダーを凹損し、リヤ左端バンパーを擦過し、被害車は右前角フエンダー凹損の損傷を受けた。

右認定に反する原告五生(第一回)及び被告朴の供述部分は、前記証拠に比し、措信できないし、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(二)  被告朴が本件交差点へ進入する際の対面信号について判断するに、右事実によれば、被告朴は、別紙図面<3>の地点で対面信号が赤色を呈していたことを確認したというのであり、右<3>の地点で信号の表示が赤色に変つたとすれば、別紙図面<3>と<2>の間隔が約二五・一メートルであつて、被告朴は加害車を運転して右距離を時速二五キロメートルで進行したという事実を前提に、被告朴が本件交差点へ進入した際の信号を考えると、時速約二五キロメートルで進行中の加害車は、一秒間に約六・九メートル進行するのであるから、別紙図面<3>と<2>の距離は、短く見積つても約三秒強で進行しうることになり、そうすると、被告朴が本件交差点へ進入した際の信号は、黄色を表示している時間が三秒であることを考慮すれば、対面信号は青色を呈していたこととなるのであつて、被告朴の供述、すなわち、対面信号が黄色で本件交差点に進入したとの供述とも符号せず、加害車が右<3>に至つた際にはじめて対面信号が赤色に変つたとする客観的証拠はない。むしろ、右認定事実によれば、別紙図面<3>と<4>との各地点間の間隔が一五・四メートルあり、原告五生が対面信号青色を呈しているのを確認して本件交差点に進入してきた別紙図面<イ>地点に被害車を認めた地点である<4>まで、被告朴は、加害車を運転して、時速約三〇キロメートルで進行していたというのであるから、加害車が別紙図面<3>より<4>へ進行するに要する時間は、せいぜい二秒程度であつて、仮りに、別紙図面<2>の地点より<4>の地点までの約四〇・五メートルを加害車を運転して時速約二五キロメートルで走行したとしても、六秒も要しない(前記認定の如く別紙図面<3>より<4>までの地点は時速約三〇キロメートルで進行しているので、五秒も要しない。)こととなり、右認定の如く、本件交差点の信号が全赤を呈している時間が七秒であることを考慮すれば、被告朴の進行する南北道路の対面信号は、被告朴が右<3>の地点まで進行したときに、はじめて変色し、赤色を呈したものではなく、被告朴が加害車を運転して本件交差点に進入する際には対面信号が、すでに赤色を呈していたものというべきである。

(三)  右事実を総合すれば、被告朴は、対面信号が赤色を呈していたのに、これを無視して本件交差点に進入し、おりから、対面信号青色の表示に従つて本件交差点に進入してきた被害車を認めながら、加害車を停止させることなく被害車の前方を通過できるものと軽信し、時速約三〇キロメートルのままハンドルを右へ切るのみで進行したというのであるから、被告朴には信号無視、運転操作不適の過失が認められ、被告朴は本件事故により原告らに与えた損害を賠償する責任がある。

他方、原告五生は、制限時速内である時速約四〇キロメートルで進行し、加害車は信号機の赤色表示に従つて停止してくれるものと信じ、遅くとも、別紙図面<ウ>の地点で時速約三〇キロメートルに減速し、衝突を避けようとしたが避けきれず、本件事故が発生したというのであつて、一般に、自動車運転者としては、交差点へ進入する際には減速すべき義務があるものの、原告五生の、時速約一〇キロメートルに減速した時速約三〇キロメートルで進行したことに比し、被告朴の信号無視、運転操作不適の過失はきわめて重大であり、加害車が信号の表示に従つて停止してくれるものと信じて運転操作をした原告五生の右行為を不注意もしくは落度として原告らの損害を算定するにあたり過失相殺することは相当でない。

してみると、被告朴主張にかかる過失相殺は、これを採用することができない。

第三損害

一  受傷、治療経過等

(一)  弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一号証の一ないし八、第二号証の一ないし八、第三号証の一ないし八、第四号証の一、二、第五号証の一、二、第七ないし第九号証、成立に争いのない乙第二号証の一ないし七、第三号証の一ないし八、第四号証の一ないし九によれば、原告ら主張(三)の事実中1ないし4の事実が認められる。

(二)  ところで、被告朴は、本件事故によつては原告らに頸部捻挫などの傷害は生じえず、原告らの受けた治療は原告らの主訴にのみ基づくものであるところ、右主訴は、原告らの事故後の行動、治療態度、症状などから、いずれも虚言である旨主張する。

しかしながら、前掲甲第一号証の一、第九号証、乙第二号証の一ないし七によれば、原告五生の症状については、通院期間中、同人は終始一貫して頸部捻挫の症状を訴えており、前掲甲第八号証、乙第三号証の一ないし八によれば、原告宇作の症状については、頸部痛、頭痛、左肩痛など頸部捻挫による症状並びに両下腿のしびれという、典型的な神経症状を通院期間中終始一貫して訴えており、また、前掲甲第七号証、乙第四号証の一ないし九によれば、原告玉枝の症状をみるに、通院期間中、頸部痛、頭痛、両前腕痛、両下腿のしびれなどの頸部捻挫による典型的な神経症状を訴えていることが認められ、右各証拠によれば、原告らに腰痛などの症状に主訴の変遷が認められるものの、原告らが典型的な頸部捻挫に基づく神経症状による訴えがなされている点を考慮すれば、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第八号証により認められる被告五生及び被告玉枝の受診態度がきわめて悪く、注射及びマッサージ治療を拒否し、脳波検査を拒否した事実を勘案しても、原告らがいずれも頸部捻挫による傷害によつて治療していたことを否定することはできない。また、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第七号証の一、二により認められる、示談交渉の際における原告五生の言動も、それが交通事故における示談交渉という特殊性を考慮すれば、原告らがいずれも頸部捻挫による傷害によつて治療していたことを否定する事由とはなりえない。

以上の如く、前記第二の二で認定した本件交通事故が発生し、原告らが、本件交通事故に遭遇した被害者として、通常予想されうる頸部捻挫という傷害を訴え、右傷害により通院治療していた以上、本件事故と原告らの右傷害との因果関係が事実上推定され、これを否定する積極的な証拠のない本件においては、被告朴の右主張はこれを認めることができない。

また、前掲甲第七ないし第九号証によれば、前記の如く、原告らに、本件事故による傷害のため、いずれも局部に神経症状を残して、昭和五八年一月一三日ごろ症状固定したことが認められ、前掲乙第七号証の二により認められる、原告らの右後遺障害が症状固定した日時の前日に示談交渉がなされ、その際に原告五生が被害車両を運転してきていた事実によるも、右認定の症状固定時期を否定することにはならない。

二  原告らの治療関係費

(一)  治療費

前掲甲第一号証の二ないし八によれば、原告五生は前記のとおり育成会奥村病院に通院治療し、右治療費として三一八万六、二四〇円を要したこと、前掲甲第二号証の二ないし八、第四号証の一、二によれば、原告宇作は前記のとおり育成会奥村病院に通院治療し、右治療費として一三六万九、三二〇円、杉原鍼灸接骨院への通院治療で三〇万円の治療費を要したこと、前掲甲第三号証の二ないし八、第五号証の一、二によれば、原告玉枝は前記のとおり育成会奥村病院に通院治療し、右治療費として一九九万二、七一〇円、杉原鍼灸接骨院への通院治療で三〇万四、〇〇〇円の治療費を要したことが認められる。

(二)  通院交通費

原告五生本人尋問(第二回)の結果により真正に成立したものと認められる甲第一三号証、成立に争いのない甲第二〇、第二一号証、原告五生本人尋問(第二回)の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告五生は前記通院のため八万五、九二〇円、原告宇作は九万九、二二〇円、原告玉枝は一〇万〇、六六〇円の交通費をそれぞれ要したことが認められる。

なお、前掲乙第八号証によれば、原告らは育成会奥村病院へ原告五生の運転する自動車で通院していたこともあつたことが認められるものの、原告らの請求する通院交通費は公共の交通機関を利用した際の実費であつて、原告らが常に原告五生の通転する自動車で通院していたとしても、運転手である原告五生の労働の対価、使用された自動車のガソリン代などの経費等を考慮すれば、原告らの請求する通院交通費が不当な請求であるとはいえない。

三  原告らの逸失利益

(一)  原告五生の逸失利益

1 休業損害

原告五生本人尋問(第二回)の結果により真正に成立したものと認められる甲第一四号証、第一六ないし第一九号証及び原告五生本人尋問(第二回)の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告五生は事故当時四〇歳であつたものであつて、原告宇作と共同で繊維原料回収業を経営し、二人あわせて、年収四六九万一、八〇〇円以上の収入(昭和五七年度賃金センサス第一巻第一表原告五生と同年代産業計、企業規模計、学歴計男子労働者平均賃金による。)を得ていたこと(なお、甲第一四、第一六ないし第一九号証により売上金額は特定しうるものの、運搬費その他必要経費、寄与率を考慮すれば、原告五生らの労働に対する対価としては、右金員とするのが相当)が認められ前記認定の原告五生の傷害の部位、程度(他覚所見に乏しく自覚症状のみ)、治療期間、治療経緯(実通院日数など)原告五生の職業、年齢などを総合すると、原告五生が受傷した翌日である昭和五七年五月八日から後遺症状固定日である昭和五八年一月一三日までの全期間にわたり、その五〇%の休業を余儀なくされたものというべく、その間合計一六一万三、二〇七円(円未満切捨て)の収入を失つたことが認められ、右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係にない。

469万1,800円×251/365×0.5≒161万3207円(円未満切捨て)

2 将来の逸失利益

原告五生の職業、年齢および前記認定の受傷、治療経緯、並びに後遺障害の部位程度によれば、原告五生は前記後遺障害のため、昭和五八年一月一四日から少なくとも二年間、その労働能力を五%喪失するものと認められるから、原告五生の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、四三万六、五七一円(円未満切捨て)となる。

469万1,800円×5/100×1,861≒43万6,571円

(二)  原告宇作の逸失利益

前掲甲第二号証の一によれば、原告宇作は事故当時七九歳であつたことが認められ、成立に争いのない甲第五号証の一、二によれば、原告宇作は原告玉枝とともに本件事故前である昭和五三年九月一六日より昭和五四年二月一六日まで杉原鍼灸接骨院で頸部挫傷、腰痛症のため鍼治療などを受けていたことが認められ、右の如き原告宇作の年齢、既応症及び前記認定の如く、原告宇作は原告五生と共同で繊維原料回収業を営んでいたこと、右繊維原料回収業による実収入は原告五生とあわせて、年収四六九万一、八〇〇円以上であつたことを総合すれば、前記認定の通り原告宇作の労働に対する対価は、原告五生の逸失利益中に含めてこれを算出すべきであつて、原告宇作固有の労働に対する対価を、原告五生の前記逸失利益とは別異に評価し、本件事故による逸失利益としてこれを認めるのは相当ではない。

(三)  原告玉枝の逸失利益

1 休業損害

前掲甲第三号証の一、原告五生本人尋問(第二回)の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告玉枝は、事故当時六一歳の主婦であつて、年収一九七万九、二〇〇円(昭和五七年度賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計同年代女子労働者平均賃金)以上に相当する家事労働に従事していたところ、本件事故により、原告玉枝の年齢、労働の内容並びに前記認定の原告の受傷の内容及びその程度(他覚所見に乏しく自覚症状のみであること、治療経過(実通院日数など)既応症などの事情を総合すれば、原告玉枝が受傷した翌日である昭和五七年五月八日から後遺症固定日である昭和五八年一月一三日までの全期間にわたり、その五〇%の休業を余儀なくされたものというべく、その間合計六八万〇、五一九円(円未満切捨て)の収入を失なつたことが認められ、右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係にない。

197万9,200円×251/365×0.5≒68万0,519円

2 将来の逸失利益

原告玉枝の労働の内容、年齢および前記認定の受傷並びに後遺障害の部位程度によれば、原告玉枝は前記後遺障害のため、昭和五八年一月一四日から少なくとも二年間、その労働能力を五%喪失するものと認められるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一八万四、一六四円(円未満切捨て)となる。

197万9,200円×5/100×1.861≒18万4,164円

四  原告らの慰藉料

本件事故の態様、原告らの傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、原告らの年齢その他諸般の事情を考えあわせると

(一)  原告五生の慰藉料額は一〇四万円

(二)  原告宇作の慰藉料額は一〇四万円

(三)  原告玉枝の慰藉料額は一〇四万円

とするのが相当であると認められる。

五  損害の填補

(一)  原告らは、自賠責保険金(但し、後遺障害分)として

1 原告五生に七五万円

2 原告宇作に六二万円

3 原告玉枝に七五万円

(二)  原告らは、被告朴より

1 原告五生に一四七万円

2 原告宇作に七七万円

3 原告玉枝に七七万円

がそれぞれ支払われたことは、当事者間に争いがない。

六  物的損害

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六号証、乙第一号証、弁論の全趣旨によれば、原告五生は本件事故により損傷を受けた被害車を朝佐野自工へ修理に出し、すでに右修理を終えたが、右修理費として八万二、二〇〇円を要したことが認められる。

七  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告らの要した弁護士費用のうち、原告らが被告朴に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用は、原告五生につき四二万円、原告宇作につき一四万円、原告玉枝につき二八万円とするのが相当である。

第四結論

よつて被告朴は、原告五生に対し、四六四万四、一三八円、およびこれに対する本件不法行為の後であつて、本訴状送達の翌日である昭和五八年二月二三日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を、原告宇作に対し一五五万八、五四〇円およびこれに対する前同日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を、原告玉枝に対し三〇六万二、〇五三円、およびこれに対する前同日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、原告らのその余の請求及び被告朴の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂井良和)

交通事故

(1) 日時 昭和五七年五月七日午後五時三〇分頃。

(2) 場所 大阪府東大阪市長田中一丁目一七五番地先路上

(3) 加害車 第一事件被告第二事件原告朴陽来(以下被告朴という)が運転。普通乗用自動車(大阪五九と九一六・以下加害車という)

(4) 被害車 第一事件原告第二事件被告菱中宇作(以下原告宇作という)及び同菱中玉枝(以下原告玉枝という)同乗、同菱中五生(以下原告五生という)運転の普通乗用自動車(以下被害車という)

(5) 状況 被告朴運転車両が信号機のある交差点に北から南に向けて進入したところへ、同交差点を東から西に向けて進入してきた被害車と衝突。衝突箇所は加害車左後部と被害車左前部。

別紙図面

<省略>

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